アクティブラーニングに関する覚え書き

大学の大衆化に伴って、アクティブラーニングが大学教育で取り沙汰され、初等・中等教育へも広がっています。今や、教育現場にいれば、よく耳にする単語になっています。教育政策がどれほど教育現場へ影響を与えるのか、アクティブラーニングを通して痛感できます。

アクティブラーニングに関する説明にはいろいろなものがありますが、ここでは二つの例を挙げておきます。

教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称

一方向的な知識伝達型講義を聴くという(受動的)学習を乗り越える意味での、あらゆる能動的な学習のこと。能動的な学習には、書く・話す・発表するなどの活動への関与と、そこで生じる認知プロセスの外化を伴う。
溝上慎一『アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換』東信堂 2014

教師が一方向的に何かを伝える講義ではなく、学生が何か(書く・話す・発表する)をしながら、その講義で獲得すべき能力を醸成する講義がアクティブラーニング型講義と呼べるのでしょう。

アクティブラーニングに関して、しばしば聞く反論は、一方向的な講義を必死に聴くことも"アクティブラーニング(能動的な学習)"でしょ?というものです。字面だけで判断すれば、その通りだと思います。ただし、ここで言っている「アクティブラーニング」や「能動的な学習」というは、上記のような説明に従う専門用語だと理解した方が賢明だと思います。以下の文章も、そのような立場で読んで頂ければ有難いです。

さて、上記の説明に基づくと、従来から行われている演習や実験の講義は、アクティブラーニング型講義と呼べるでしょう。一方で、アクティブラーニングが取り沙汰されて以降に存在感を強めた講義の例としては、大学1年生向けに行われるグループディスカッションをふんだんに取り入れた、初年次セミナーなどと呼ばれる、講義が挙げられます。

アクティブラーニングに関する思想の歴史を辿ると、ずいぶん昔まで遡ることができるようです。例えば、ジョン・デューイ(1859~1952)の「為すことによって学ぶ」という〈経験学習〉の理論もその根幹を成しているとのことです。1900年代前半の理論です。

冒頭の説明では、アクティブラーニングは新顔の教育理念のように書いていますが、その背後には、ずいぶんと長い教育理論の積み重ねと再検討があるのですね。

なかなか読む機会がなかったのですが、最近になってようやくジョン・デューイの『民主主義と教育(上)』を読み始めました。なぜ学校のような教育システムが必要なのか、など興味深い議論が展開されています。僕自身のアクティブラーニングや教育に対する理解を深めるためにも、読み進めたい書です。

ここまで、アクティブラーニングにおける活動的な側面(外化)にスポットを当ててきました。次に、アクティブラーニングにおける沈黙にスポットを当てたいと思います。それは「省察」といった単語で表されます。

まずここで、冒頭で紹介したものとはちょっと異なるアクティブラーニングの説明を紹介します。

学生者が話し合いや具体的な活動を通して思考を活性化し、概念につながりをつけて自分の中に落とし込む機会が与えられる授業
土佐幸子「学びを助けるアクティブ・ラーニングとは?」大学の物理教育 22(2) 64

アクティブラーニングでは、グループワークをワイワイとやることも大切なことですが、最も大切なことは、グループワークなどの活動(外化)を通して、思考をアクティブにすることです。

グループワークなどで他者との話し合いを経た後(もしくはその過程)の思考や省察の重要性を見落としてはいけません。つまり、活動を振り返って自分でじっくりと考えることも不可欠なのです。

そのために、教員やファシリテーターがすべきことは、思考を活性化し考えさせる場や時間の提供です。

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