大場成実 ~物理教育に情熱を注いだ講義の名手~

全ては、一枚の写真から始まりました。

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1913年のマンチェスター大学物理学教室の集合写真(文献 [1]より)
[1] "The collected papers of Lord Rutherford of Nelson", ed. by J. Chadwick (1963), Vol. 2.

その写真は1913年のマンチェスターで撮影されたものでした。

最前列中央に写るのは、アーネスト・ラザフォード博士。「原子核物理学の父」と称される偉大な物理学者です。この写真には他にも、マースデン博士、ヌッタル博士、モーズリー博士、チャドウィック博士といった物理学史上のスター選手が写っています。

それもそのはず。1913年といったら、ラザフォード=ボーアの原子模型が確立し、物理学の注目が原子の中身、そして、原子核に集まり始めた時代です。この時代のマンチェスターは、まさに原子(核)物理学の最先端でした。

その写真に「S. Oba」なる人物が写っていたのです。前から2列目の左から4人目です。
※この発見は豊田直樹先生(石巻専修大学非常勤講師・東北大学名誉教授)によるものです。

恥ずかしながら、全く聞いたことがありませんでした。

大先輩の物理学者たちと手分けして調査をした結果、「S. Oba」は「大場成実」であることを突き止めることができました。そして、その経緯とその先に判明した彼の足跡について、日本物理学会誌 第74巻 第9号に発表しました。

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以下には、大場成実氏の紹介と、今回の一件に関する僕の感想を書きます。

大場成実氏は、新潟・佐渡の出身で、東京帝国大学卒業後、ラザフォード博士の下に留学し、帰国後は明治専門学校(九州工業大学の前身)、米沢高等工業学校(山形大学工学部の前身)、平壌工業専門学校の校長を歴任した人物でした。

マンチェスターから帰国後、彼は物理教育に心血を注いでいたようです。文献をあさってみると、以下のような記述を見つけることができました。

その教育者としての強烈な個性に多くの学生が傾倒した。そしてこれら心酔者の中から、すぐれた教育者や世界的学者、研究者が輩出した。
『明専会報』昭和60年8月号 (1985) p1

流れるのような講義は、そのまま謄写紙に切られ、数百ページの大冊となって学生に配られ、学生は演示実験に見とれながら講義に聞きほれればよかった。
『明専会報』昭和60年8月号 (1985) p5

(大場)教授は一時間の講義に二時間の準備をモットーにし、情熱と名講義で人気があった。
作道好男・江藤武人 編著『九州工業大学60年史 -なかばる原頭若草の-』財界評論新社 (1970)p42

大場氏の物理教育者としての偉大さが伺えます。ちなみに、記述中に登場する「数百ページの大冊」は旧米沢高等工業学校本館記念館に所蔵されています。お近くの方は訪れてみてはどうでしょうか(記念館の見学には事前予約が必要です)

大場氏は平壌で終戦を迎え、戦後の混乱の中、帰国を果たしました。その後、彼は東京・練馬に居を構えますが、1954年に逝去しました(享年76)。墓所は東京の多摩霊園にあるそうです。いつか、お参り(今回記事の報告)に行きたいです。

一枚の写真から始まった、時空を超えた不思議な出逢いも、記事の発表で一区切りを迎えました。

思い返してみると、この一件で、いろんな人に出逢うことができました。大場先生が与えてくれた“つながり”です。特に、今回の調査および記事執筆に混ぜてくれた萩野先生・豊田先生・中村先生には感謝しかありません。

きっと、まだまだ、僕たちが知らない彼の足跡があると思っています。

もし、大場成実先生について、何か情報をお持ちの方がいれば、ご一報頂けると嬉しいです。

この話の「続き」がありますように。

この記事へのコメント

  • ecosci.jp

    新潟・米沢も絡む記事で興味深く読みました。小林さんのブログには理科ハウスのサイトに情報がある石原 純博士についても書かれていますが( http://yoshikoba113blog.seesaa.net/article/463707128.html ),科博に2人の名前が出ている資料「ドイツに留学した日本人物理学者たち」という資料がありました。[PDF] https://www.kahaku.go.jp/research/publication/sci_engineer/download/41/BNMNS_E41_7.pdf どこかで接点があったかも知れませんね。
    2019年09月15日 16:42
  • yoshikoba113

    貴重な情報提供、ありがとうございます。「ドイツに留学した日本人物理学者たち」、興味深く読みました。大場博士と石原博士は同時期に渡独されたのですね。ご指摘の通り、もしかしたら、接点があったのかもしれません。想像が膨らみます。
    2019年09月17日 12:19