武谷“核力の”三段階論の覚え書き

某研究会で武谷三段階論を話題に挙げた発表者の先生に対し、参加者のある先生が「いや~今の学生は、武谷三段階論なんて知らないって」とつぶやきました。その先生が〈今の学生〉をどのくらい“知って”いるのか僕には推し量れませんが(世代間嫌悪!←粗品風)、印象的な一幕として憶えています。


さて、「武谷」とは、武谷三男博士(1911~2000)のこと指します。彼は物理学者であり、科学思想家でもありました。武谷三段階論とは、自然科学の発展段階に関する理論です。他方で、原子核物理の世界ではしばしば、それと絡めて、核力を理解するための“三段階論”が語られます。先述の研究会でも、核力研究の文脈で、武谷三段階論の話題が上がったのでした。


今回のブログでは、自然科学の発展を述べた武谷三段階論を概観し、核力を“三段階”で理解することを試みた“核力の”武谷三段階論を紹介します。


武谷三段階論 ~自然科学研究はどう進むのか?~

武谷三段階論は科学思想家としての武谷三男博士の理論です。その内容、つまりは“三段階”は以下のようなラインナップとなっています。

  • 現象論的段階:実験・観測結果の記述が行われる段階。ここでは、現象に対するデータを集める。
  • 実体論的段階:現象が起こるメカニズムを知り、それによって現象の記述が整理されて法則性を見出す段階。
  • 本質論的段階:最終的に本質に迫る段階。さまざまな現象の背景にある普遍的な概念を見出す最終段階。

天体運動の研究を例に今紹介した三つの段階を当てはめてみましょう。


まずは、現象論的段階。これには、ティコ・ブラーエの研究が対応します。ティコ・ブラーエは、ケプラーの師匠にあたる科学者です。彼は天体観測を行い、膨大な観測データを残しました。


次の実体論的段階にはケプラーの研究が当てはまります。ケプラーはティコ・ブラーエの残した観測データを分析し、天体の運動に対する法則を見出しました。


そして、天体運動研究の本質論的段階を担ったのは、ニュートンです。ニュートンは、質量を持つ二つの物体の間に働く引力(万有引力)に気付き、天体運動の理解にも成功します。これは、天体運動の背後にあった万有引力という本質に到達した成果と言えます。


以上が武谷三段階論の概観です。もっと詳しいことを知りたいならば、『弁証法の諸問題(新装版)』勁草書房などの武谷博士による著作を読むことをお勧めします。(と言っていますが、僕は積読のままです。)


武谷核力論 ~核力を“三段階”で理解する~

核力とは、原子核内にある陽子や中性子(あわせて核子と呼ぶ)の間に働く力です。核力研究において華麗に先陣を切ったのは、日本人初のノーベル賞受賞者として有名な湯川秀樹博士(1907~1981)でした。湯川博士は、核力は核子間における中間子の交換で説明できる、という「湯川中間子論」を発表し、後にノーベル物理学賞を受賞します(1949年)。力(相互作用とも言う)が粒子の交換で説明できる、という湯川博士の考えは現代物理学の基礎の一つになっています。


では、核力の問題は解決されたのでしょうか? 答えはNoです。実は、核力の性質は非常に複雑で、現在でも研究が続けられています。湯川博士の業績は、核力の一端を(世界に先駆けて)明らかにした、と言えます。最近では、スーパーコンピュータを用いた核力の研究も盛んに行われています。


湯川中間子論発表後の「よし、このまま核力の全性質を解明してやるぞ!」という雰囲気もむなしく、核力の性質は難解で、「これは一筋縄ではいかんなァ」という研究状況になります。 そこで、武谷博士らの理論が登場します。複雑な核力の様相を“三つ”の領域に分けて考えてみたらどうか、というのが武谷核力理論です。


まずは、その“三つ”の領域を示した概念図(下図)を紹介します。この概念図は、武谷博士らの理論を基に、現代の理論・実験の成果を上乗せしたものです。核子と核子に働く核力を、距離(横軸:核子核子間距離)とエネルギーで表した例です。プラスのときは斥力、マイナスのときは引力だと考え下さい※。
※正確にはグラフが“右肩下がり”の領域は斥力、“右肩上がり”の領域は引力を表します。


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“三つ”の領域は以下のように説明されます。


領域I:核子同士がすごく近くにいるとき

非常に強い斥力。核子内部構造(クォークやグルーオン)を考慮せねばならない。


領域II:中間領域

強い引力。2つのπ中間子交換や、π以外の中間子(σ、ρ、ω)の交換。


領域III:核子同士が離れているとき

緩やかな引力。1つのπ中間子の交換。(←湯川博士の理論に対応)


武谷博士の“核力の”三段階論は、複雑な性質を持つ核力を“三つ”の領域に腑分けすることで、その理解の視座を与える理論だと言えるでしょう。

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