科学コミュニケーションにおける原子力問題に関する覚え書き

原子力業界は「原子力ムラ」という言葉からも想像できるように、オープンではない印象が強いです。しかし一方で、原子力業界は早くから情報開示や意見交換会の開催を行ってきた歴史を持っています。

例えば、柏崎刈羽原子力発電所の周辺地域では「柏崎刈羽原子力発電所の透明性を確保する地域の会」が2003年から活動を続け、東京電力も参加しています。以下のページには東京電力の説明資料が無料公開されています。

原子力問題を扱う対話の研究も「3.11」以前から行われており例:文献[1][2]、科学コミュニケーション研究における重要な課題として注目され続けています。

国策に目を向ければ、原子力エネルギーは今後も用いる方針であり、放射性廃棄物の処分はこれからの課題にもなっています。

原子力問題のように、政治などとも密接に関わり、科学だけでは完結しない問題はトランスサイエンスと呼ばれます(文献[3][4])。トランスサイエンスとは

科学によって問うことはできるが、科学によって答えることのできない問題群からなる領域

のことをいいます。いわば、科学と政治が交錯する領域のことです。

科学コミュニケーションの重要な役割として、トランスサイエンスに分類されるような諸問題に関しての「対話」の場を設け、そこでの「対話」を促進することがあります。

ただし、そのような活動が各地で活発に行われているというわけではありません。

その点は、これからの科学コミュニケーションの課題としても取り上げられ、「トランスサイエンス・コミュニケーション」の促進が必要だとも指摘されています[5]。「トランスサイエンス・コミュニケーション」の場では、懸念・疑問・不安・期待・要求を伝える「対話」の促進が必要で、それらを専門家にもわかる言葉に翻訳する「トランスサイエンス・コミュニケーター」の存在が欠かせません。

トランスサイエンスを話題として取り上げることは、各々の意見が異なることもあり、参加者にとっての「対話」することへのハードルを高くすることになるでしょう。また、科学コミュニケーターの役割を担う主催者側にとっても、会の取りまとめや運営へのハードルが高くなります。

これらが現在のサイエンスカフェなどでトランスサイエンス的話題が取り上げずらい背景でしょう。

原子力の問題に関しては、トランスサイエンス的話題であることに留まらず、それ自体を話題にすることもはばかられるといった雰囲気もどことなく蔓延している感じもあります。こう書いている僕自身にも、そういう感覚が少なからずあります。原子力発電所の立地地域での科学コミュニケーション研究において、

立地地域の住民や行政にも、「原子力の(リスクの)話をする住民イコール怖い人、反対の人」というスキーマがあるように思われる。

といった指摘もあります[6]

原子力問題との向き合い方を模索する過程では、科学コミュニケーションが何か貢献すべきことは明白です。熱心な活動や研究が存在している一方で、科学コミュニケーション全体という大きな視点で見れば、促進が求められているのが現状です。

「トランスサイエンス・コミュニケーション」が、今後、日本の中でどのように広がっていくのか、もしくは、広がっていかないのか、注視していきたいです。

【参考文献】

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