科学コミュニケーションから「科学を文化に」を再考する

科学コミュニケーションとは何か。ストックルマイヤー博士らは

科学というものの文化や知識が、より大きいコミュニティの文化の中に吸収されていく過程

と表現しています[1]。元来、科学は私たちの世界観や人間観を変化させ、技術発展や政策などを通して、生活にも影響を与えています。実のところ科学は、文化としての重要性も持っているのです[2]。ただ、必ずしも、そう認識されているわけでもありません。そこで、先述のストックルマイヤー博士らの定義のような科学コミュニケーションが求められてきたのだ、とも理解できます。

科学コミュニケーションにおける「科学を文化に」
科学コミュニケーションを語る際、「科学」はもちろんのこと、「文化」という言葉もしばしば登場します。そして、「科学を文化に」と掲げられることも少なくありません。

そんな「科学を文化に」という話を先日聴いてきました。
※「先日」といっても、数年前の話です。

「一家に1枚 元素周期表」の企画・制作を手掛けている玉尾皓平先生の講演です。玉尾先生の経歴や業績についてはChem-Stationによる紹介ページが参考になります。講演は日本サイエンスコミュニケーション協会(JASC)第四回年会前夜祭シンポジウムで行われました。講演概要には以下のような記載がありました。

本講演では、「一家に1枚周期表」に観るわが国の科学技術の強さに焦点を当ててみたいと思います。私たちの豊かな生活が日本人研究者の研究成果から多大の恩恵を受けているということを子供のころから実感し、知識を共有し、誇りを持つことこそが、大人から子供までの理科離れを防ぎ、科学を文化にまで高めることにつながる基本だと思います。

当日は「一家に1枚 元素周期表」制作秘話や日本における元素研究の成果などが話され、とても勉強なりました。そして、概要にも含まれているように「科学を文化に」も話題に上がりました。それについて、アツく語る玉尾先生。この人なら応えてくれるのではないか!?という想いが沸き上がり、質問タイムに僕のモヤモヤをぶつけてみました。

科学を文化にするとは具体的にどんなことなのか?

科学が親から子へ、子から孫へと語り継がれるようになること

先生はそう返答してくれました。これについては先生も悩んだそうで、いろいろ考えた末に辿りついた、先生なりの「科学を文化に」だそうです。

例も挙げて下さりました。有田焼の赤絵磁器を創作した逸話「陶工柿右衛門」のように、青色LED開発も語り継がれるようになってほしいとのこと。

なるほど、と僕は先生のご返答が腑に落ちました。なぜならば、僕は科学者たちの伝記を読んで、科学者になりたい!と思った経験を持つためです。語り継がれる発見・発明の歓喜と苦悩、それを成し遂げた科学者の人間味。僕はそれらに魅了され、科学者を目指しているので、これも大切な文化のひとつだと納得したのです。

科学を文化にできたら良いことはあるのか?

人々のこころが豊かになり、それが国民の誇りになる

イギリスでは、科学本の巻頭言にブレア首相がコメントを寄せることもあるそうです。また、イギリスにおける科学の立ち位置は、とても格式高く、日本とは対局にあるような状況とのことです。

どこの馬の骨か分からない僕の質問に、玉尾先生は真剣に応えて下さいました。有り難いことです。その態度は見習うべきものだと心に留めました。

自分なりの「科学を文化に」を模索し、言葉で表現できるように学び続けようと、改めて想える講演でした。

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